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【資料画像】豚とともに切り拓らかれた、北海道十勝開拓史。





高木暁堂 開墾之図




北海道の中央部、北に大雪山、西に日高山脈を仰ぐ十勝平野の開拓に、豚の役割は大きいものがあったのでしょう。

依田 勉三と「晩成社」。「開墾のはじめは豚と一つ鍋」です。


開拓当時の豚で開墾する様子が、『帯広百年記念館』収蔵の日本画家 高木暁堂氏の作品に描かれていました。

私が初めてこの絵を目にしたのは、1990年。

この絵を見た時は驚きましたね。日高山脈を仰ぐ不毛の北の大地を、豚で切り拓いているのです。馬でもなく牛でもなく、豚で開墾する。


畑が開ければ、農作物ができます。
芋の皮を炊いて飼料にすることもできます。ひとの食すもの、ひとの食べない野菜の部位を炊いたり、残飯を飼料として、豚は成育できたのです。
人、生きれるところ厳寒な土地でも、家畜としては豚なら生きられたわけです。

北海道十勝。開拓当時からの人と豚の繋がりを、垣間見ることができたのです。





高木暁堂(たかぎ ぎょうどう) 1888-1966

明治21年、広島県に生まれる。本名は平四郎。九州で医科の書生ののち京都に出て、主に南画系画人を歴訪し画技を磨く。30歳前後、北へ放浪の旅に発つ。昭和初期には、富良野・滝川を経て帯広に定住。西別院裏に「画禅道場」を開き、清貧自適。山岳画・建物全景など練達の水墨画を残す。戦後、占領米軍のマッカーサー元帥が画帖所蔵。最晩年は札幌移居、丸井デパート個展でその新価が知られた。昭和41年没。